バンコクよりバングラディッシュ首都、ダッカへ、期待に胸を膨らませ、初めての訪問だ。インド・ベンガル州のカンタ刺繍に魅せられて、そのルーツを探っていくとバングラディシュにたどり着く。空気の織物といわれるダッカモスリンや柄を織り込んだ高度な技術ジャムダニ織・・・等と興味は尽きない。とはいえ、2日間という短い限られた滞在では、本物を見つけることすら難しいのではないか・・と期待と不安を抱きつつダッカの空港に到着した。
訪ねるはずだった、カンタ刺繍やジャムダニ織りを制作している村までは、先日洪水があり道路が寸断されていて行けないという。断念せざるおえなかった。市内の草木染めの工房、ノクシカタの製品を扱う店、近郊のジャムダニ織りの村を訪ねることになった。
9月15日
ダッカ市内は、人も車も時間を問わずその渋滞はすごい!大人も子供も道路を横切るし人力車の数もものすごいのだ。ここには歩道橋がないのかしら?!と見上げたら、あるではないか!思わずシャッターを押してしまった。歩道橋を渡る人の数はまばらだった。

9月16日
市内から約30Km離れた、ルプシ村へ(ジャムダニ織りの村)
途中まで車で走るが渋滞がひどく、このままではいつたどり着くのか・・・といった状況。そこで、シタロカ河をモーターボートで村まで行くことになった。
村の入り口は河岸の石段。洗濯や食器を洗う女性達、水遊びをする子供達。
私達のボートが近づくと不思議そうに見ている。ここから村に入る外国人はあまりいないらしい。
でも笑顔で迎えてくれました。

村には糸を紡ぐ家、織る家とそれぞれ独立していました。織り手は二人一組で親子、夫婦、兄妹で家々により異なります。織り機を何台も持っている家、一台しかない家・・・とさまざまでした。
糸を紡ぐ女性

織り機に向かって左が弟子で右が先輩だそう。右側の人が左側の作業をみながら教えているという。

一枚のサリーを織り上げるには2−3週間かかります。出来上がったサリーは、村長さんの家にまとめられていました。
これは私が織りました、と見せてくれました。特徴のあるジャムダニ織りで黒地に金糸の模様が鮮やかでした。

極細の手紡ぎ糸で織られる軽くて優美な布です。

本当に薄くてやわらかいーと感触確かめる。
村は貧しくて粗末な仕事場で、このような天女の羽衣のような織物が生まれることに驚いた。
ダッカ市内 草木染めの工房へ
オーナー自ら草木染めの説明をしてくれました。染料は全て自然のもので、玉ねぎの皮、木の樹脂、黒砂糖、鉄の粉等など、多種にわたるそれらを何点が組み合わせて、微妙な色合いを作り出している。


5−6mある木綿やシルクの生成りの生地に木版で押して染めていく。
(ブロックプリント)

寸分のずれもない、まさに熟練した職人の成せる技だ。
どろどろのコールタールのような藍染液はかなり臭いがあった。ゴム手袋をした職人さんが白地の布をいれて、手でもみ洗い、すすぎ洗いを繰り返し行う。
二人で広げて風にさらすと・・・だんだん青く藍色が深まった色になった。

つづく
訪ねるはずだった、カンタ刺繍やジャムダニ織りを制作している村までは、先日洪水があり道路が寸断されていて行けないという。断念せざるおえなかった。市内の草木染めの工房、ノクシカタの製品を扱う店、近郊のジャムダニ織りの村を訪ねることになった。
9月15日
ダッカ市内は、人も車も時間を問わずその渋滞はすごい!大人も子供も道路を横切るし人力車の数もものすごいのだ。ここには歩道橋がないのかしら?!と見上げたら、あるではないか!思わずシャッターを押してしまった。歩道橋を渡る人の数はまばらだった。

9月16日
市内から約30Km離れた、ルプシ村へ(ジャムダニ織りの村)
途中まで車で走るが渋滞がひどく、このままではいつたどり着くのか・・・といった状況。そこで、シタロカ河をモーターボートで村まで行くことになった。
村の入り口は河岸の石段。洗濯や食器を洗う女性達、水遊びをする子供達。
私達のボートが近づくと不思議そうに見ている。ここから村に入る外国人はあまりいないらしい。でも笑顔で迎えてくれました。

村には糸を紡ぐ家、織る家とそれぞれ独立していました。織り手は二人一組で親子、夫婦、兄妹で家々により異なります。織り機を何台も持っている家、一台しかない家・・・とさまざまでした。
糸を紡ぐ女性

織り機に向かって左が弟子で右が先輩だそう。右側の人が左側の作業をみながら教えているという。

一枚のサリーを織り上げるには2−3週間かかります。出来上がったサリーは、村長さんの家にまとめられていました。
これは私が織りました、と見せてくれました。特徴のあるジャムダニ織りで黒地に金糸の模様が鮮やかでした。

極細の手紡ぎ糸で織られる軽くて優美な布です。

本当に薄くてやわらかいーと感触確かめる。
村は貧しくて粗末な仕事場で、このような天女の羽衣のような織物が生まれることに驚いた。
ダッカ市内 草木染めの工房へ
オーナー自ら草木染めの説明をしてくれました。染料は全て自然のもので、玉ねぎの皮、木の樹脂、黒砂糖、鉄の粉等など、多種にわたるそれらを何点が組み合わせて、微妙な色合いを作り出している。


5−6mある木綿やシルクの生成りの生地に木版で押して染めていく。
(ブロックプリント)

寸分のずれもない、まさに熟練した職人の成せる技だ。どろどろのコールタールのような藍染液はかなり臭いがあった。ゴム手袋をした職人さんが白地の布をいれて、手でもみ洗い、すすぎ洗いを繰り返し行う。
二人で広げて風にさらすと・・・だんだん青く藍色が深まった色になった。

つづく
日本人観光客に人気のあるタイ、毎回訪れるたびに、目まぐるしく変化している。5年前くらいに行った事があるっという方は、さらなる近代化に驚くだろう。東京銀座のように海外のブランドショップが多く進出している。タイらしくない?町並みに少しがっかりもする。反タクシン派のデモなど穏やかでない報道を耳にしていたが、あまり気にせず、買い付けと遅い夏休みにと・・・出掛けた。
タイ南部 ホア・ヒン
バンコクから車で約3時間、静かな海辺の街へとやってきた。ラーマ7世、1928年頃から今日に至るまで王室の別荘がある地として知らせている。由緒正しい王室リゾートといった感じだろうか。日本ではプーケットが有名だが、2日しか時間がないことが悔やまれるほど、のんびりとした雰囲気が大変気に入った。

ホア・ヒン鉄道駅、右奥はかつて王族が離宮を訪れる際に使用していた待合室。残念ながら外から見学するだけ。
ホームで電車を待つ人達

切符売り場
イラストで注意を呼びかけている。おもしろいので写真とりました。

のんびりといっても交通量はかなり多いようだ。車の通るすぐそばで植木の手入れをしている。そういえば植木がどこもきれいに手入れされていた。

車に積んであるのは、丸太の輪切りに取っ手がついているもの。どうやらまな板のようでした。

歩いていて思わず、あー!っと叫んでしまいました。これってマイカーでしょ?! ルイヴィトンだー(笑)

欧米人が多く訪れるホア・ヒンでは、マクドナルドやSUBWAY,ハーゲンダッツなどファーストフードも充実。しっかり手を合わせてお出迎え・・・はタイならでは。
てりやきバーガーは、SAMURAIバーガーとして売られていた。Lポテト・ドリンクは、すごい大きさだった。
こんな素敵なガーデンを眺めながらお茶を・・・至福のひとときです。(ソフィテル・セントラル・ホアヒン・リゾートホテル。低層で格調高いインテリアでまとめられた室内はほとんどガーデンビューだそう。建物が美しく、海風が心地よい開放的なロビーは豪華な雰囲気。→宿泊した隣のホテルでした。)
ホテルの部屋よりホワ・ヒン ビーチ。静かな朝です。
薄い雲に覆われたやわらかい日差しで天候に恵まれました。
ホア・ヒン・ビーチでは、乗馬が人気で気軽に楽しめる。馬好きな私は、ご機嫌でビーチをお散歩。ドラという雌馬、おっとりしているが、乗りやすかった。こうしてずっと観光客を待つ馬も大変だ・・・とチップをはずみました。

まだ午前中の早い時間ということもあり、ビーチにでている人がほとんどいなかった
いってきまーす・・・
『買い付け』の仕事とは離れてしまいますが、今回は一日余裕ができたので、久しぶりに観光に出かけることにしました。
世界文化遺産に登録された古都の遺跡、アユタヤーへ・・・
バンコクから北へおよそ80km、チャオプラヤー川とその支流に囲まれた仲洲にアユタヤーの町はある。なんにもない・・・といった静かな町でした。1350年から417年間にもわたり、35代の王がこの地でアユタヤー王国の歴史を築いた。17世紀にはヨーロッパ諸国とも外交関係を結んで栄えた国際都市だったようだ。しかし、たび重なるビルマの攻撃により、1767年滅ぼされる。
チャオプラヤー・タイ寺院

かなり大規模な寺院で多くの信者さんがお祈りを捧げていた。大きな涅槃仏が印象的
子供達が元気に遊んでいる
ワット・プラ・マハタート 栄枯盛衰を感じさせられる寺院跡
今にも崩れそうな積み上げられたレンガの仏塔は苔むしている。破壊された当時のままなのだろうか。顔のない仏像、腕のない仏像の姿は痛々しい。
同じ仏教徒のビルマ軍によって破壊された。ビルマ軍は頭部だけを持ち帰ったらしい・・・
どれほどまでの長い年月がたっているのか・・・木の根に取り込まれてしまった仏像の頭部、これが自然の現象らしいが、すざましい力を感じる。

復元された大仏寺
タイ最大の青銅仏の一つ。高さ17mのプラ・モンコン・ボピット仏を本尊とする寺院。ここも多くの人が訪れていた。

ワット・プラケオ 本堂に翡翠でできた美しいエメラルド色をした仏像(小さーい)が納められている。季節の変わり目ごとに厳かな儀式が執り行われ、国王自ら衣装を取り替える。多くの観光客が訪れるだけでなく、タイ人の参拝客でも賑わっている。青空に金色の仏塔が輝き美しい。

タイでは、愛らしい猫がたくさんいましたので、少し紹介しますね。
強い日差しの日中、こんなところでぐっすりと眠る子猫を発見!!
バンコクの貴金属のお店に猫が!近づくと人懐っこくごろりん。看板娘?かしら。
余裕の大あくび・・・
猫に癒されて?!今回の旅も無事に終えることが出来ました。
うちの子達(猫たち)が心配なオーナーでした。
タイ南部 ホア・ヒン
バンコクから車で約3時間、静かな海辺の街へとやってきた。ラーマ7世、1928年頃から今日に至るまで王室の別荘がある地として知らせている。由緒正しい王室リゾートといった感じだろうか。日本ではプーケットが有名だが、2日しか時間がないことが悔やまれるほど、のんびりとした雰囲気が大変気に入った。

ホア・ヒン鉄道駅、右奥はかつて王族が離宮を訪れる際に使用していた待合室。残念ながら外から見学するだけ。

ホームで電車を待つ人達

切符売り場
イラストで注意を呼びかけている。おもしろいので写真とりました。

のんびりといっても交通量はかなり多いようだ。車の通るすぐそばで植木の手入れをしている。そういえば植木がどこもきれいに手入れされていた。

車に積んであるのは、丸太の輪切りに取っ手がついているもの。どうやらまな板のようでした。

歩いていて思わず、あー!っと叫んでしまいました。これってマイカーでしょ?! ルイヴィトンだー(笑)

欧米人が多く訪れるホア・ヒンでは、マクドナルドやSUBWAY,ハーゲンダッツなどファーストフードも充実。しっかり手を合わせてお出迎え・・・はタイならでは。
てりやきバーガーは、SAMURAIバーガーとして売られていた。Lポテト・ドリンクは、すごい大きさだった。
こんな素敵なガーデンを眺めながらお茶を・・・至福のひとときです。(ソフィテル・セントラル・ホアヒン・リゾートホテル。低層で格調高いインテリアでまとめられた室内はほとんどガーデンビューだそう。建物が美しく、海風が心地よい開放的なロビーは豪華な雰囲気。→宿泊した隣のホテルでした。)ホテルの部屋よりホワ・ヒン ビーチ。静かな朝です。
薄い雲に覆われたやわらかい日差しで天候に恵まれました。

ホア・ヒン・ビーチでは、乗馬が人気で気軽に楽しめる。馬好きな私は、ご機嫌でビーチをお散歩。ドラという雌馬、おっとりしているが、乗りやすかった。こうしてずっと観光客を待つ馬も大変だ・・・とチップをはずみました。

まだ午前中の早い時間ということもあり、ビーチにでている人がほとんどいなかった
いってきまーす・・・『買い付け』の仕事とは離れてしまいますが、今回は一日余裕ができたので、久しぶりに観光に出かけることにしました。
世界文化遺産に登録された古都の遺跡、アユタヤーへ・・・
バンコクから北へおよそ80km、チャオプラヤー川とその支流に囲まれた仲洲にアユタヤーの町はある。なんにもない・・・といった静かな町でした。1350年から417年間にもわたり、35代の王がこの地でアユタヤー王国の歴史を築いた。17世紀にはヨーロッパ諸国とも外交関係を結んで栄えた国際都市だったようだ。しかし、たび重なるビルマの攻撃により、1767年滅ぼされる。
チャオプラヤー・タイ寺院

かなり大規模な寺院で多くの信者さんがお祈りを捧げていた。大きな涅槃仏が印象的
子供達が元気に遊んでいるワット・プラ・マハタート 栄枯盛衰を感じさせられる寺院跡
今にも崩れそうな積み上げられたレンガの仏塔は苔むしている。破壊された当時のままなのだろうか。顔のない仏像、腕のない仏像の姿は痛々しい。
同じ仏教徒のビルマ軍によって破壊された。ビルマ軍は頭部だけを持ち帰ったらしい・・・どれほどまでの長い年月がたっているのか・・・木の根に取り込まれてしまった仏像の頭部、これが自然の現象らしいが、すざましい力を感じる。

復元された大仏寺
タイ最大の青銅仏の一つ。高さ17mのプラ・モンコン・ボピット仏を本尊とする寺院。ここも多くの人が訪れていた。

ワット・プラケオ 本堂に翡翠でできた美しいエメラルド色をした仏像(小さーい)が納められている。季節の変わり目ごとに厳かな儀式が執り行われ、国王自ら衣装を取り替える。多くの観光客が訪れるだけでなく、タイ人の参拝客でも賑わっている。青空に金色の仏塔が輝き美しい。

タイでは、愛らしい猫がたくさんいましたので、少し紹介しますね。
強い日差しの日中、こんなところでぐっすりと眠る子猫を発見!!

バンコクの貴金属のお店に猫が!近づくと人懐っこくごろりん。看板娘?かしら。
余裕の大あくび・・・
猫に癒されて?!今回の旅も無事に終えることが出来ました。
うちの子達(猫たち)が心配なオーナーでした。
デリーからベナレスへ。
デリーの朝は寒かったが,ベナレスは乾燥していて暑かった。小さなローカルな飛行場、大きな樹木や行き交う人々や車、何度訪れてもいつも圧倒される国。独特の匂い、インドへ来た!!と実感がわく。
仏教の四大聖地の一つ、サルナート。
ブッダが初めて説法をした場所として知られている。広々としていて巨大なストゥーパや寺院あとが印象的だった。手入れの行き届いた芝生、緑がきれいだったで流れる時間がどこかゆったりと感じた。

日が沈んでから、インドの聖なる河、ガンジス河を訪れた。いったいどこからこの人々がやってくるのだろうかと思うくらいの人であふれていた。河のすぐそばで、小さなお皿に花などがのっているお供え?のようなものを売っていた。人々が祈りをささげ、河へ流すらしい。

川岸では、電飾がまぶしく、祈りのショータイムといった感じに賑わっていた。。

翌日の早朝、穏やかなガンガー

河の水は、なんともいえないが・・・・きたないのです。が、川岸では、沐浴をする人、洗濯をする人など、まさに一日のはじまり・・・といったエネルギーを感じる。
上質なベナレスシルクの織り工房へ
女性達が織っているのかと思ったら、全員男性でした。小さなコマを糸の色によって動かし、その手はまさに神技です。ポラロイドで彼らの写真をとってあげたらととも喜んでくれました。

エロティックな彫刻で有名なカジュラホ
壁面を埋め尽くす膨大な彫刻の数、遠くから眺めると巨大オブジェのような寺院
近くで見上げてみると、生々しくエネルギーに満ちた彫刻は圧巻でした。

きれいで珍しいシルクスカーフを発見!!絞り染でグラデーションに染めてあり、シワ加工がされている。店員さんにたたみ方を教わりました。ぐりぐりと捻じっていくそうです。
上質なシルクでないと出来ないとのこと。ふわりとした柔らかい肌触りの良いスカーフです。
列車にてデリーからアグラへ
TAJ-EXPタージエクスプレスに乗り、タージ・マハルへ向かう。大きな荷物(日本から持ってきているスーツケース)は、赤帽さん(ポーター)が軽々と頭の上へのせ座席まで運んでくれます。

列車が出発してからしばらくして、車掌さんが検札にきました。制服を着ているわけではなく、日本とはだいぶ感じが違いました。

何度訪れても新たな感動を得る、世界遺産のタージ・マハル

教科書にも載っていて、インド=タージ・マハルといった印象を持っている方も多いのでは?!澄み切った青空に真っ白な大理石が非常に美しい。皇帝が愛する妃の為に22年の歳月をかけて、1653年に完成したという。大理石の壁面には、カーネリアンやラピス等の半貴石を用いた花模様の象嵌細工で埋め尽くされ、どこを見ても大変美しい。緻密な幾何学的構成は、ムガル建築美術の最高傑作といわれている。インド全土からはもちろんのこと世界中から多くの人々が訪れている。

タージ・マハルを建造したシャー・ジャハーン帝が息子によって幽閉された塔より(アグラ城内)、タージを眺める。うっすらと靄がかかったタージの後姿だ。彼は、ここからタージ・マハルをどんな思いで7年間眺めたのだろうか。74歳でこの世を去り、妃の隣に葬られた。

ムガル帝国の大帝、アクバルによって築かれた城。アグラ城の入り口、その大きさに圧倒される。

けなげに生きている猿の親子
アグラからデリーへ戻る途中、インド全州から集まっているというクラフト市に出くわしました。限られた時間の中でしたが、夢中でいろいろ見ました。
大きなカンタ刺繍のショールをまとって・・・
家族連れでわいわいと賑わっていていました。一日ではとても全部みることができない広さでした。
ラージ・ガート
インド独立の父、ガーンディーが荼毘に付かれた場所。
いつ訪れても人々が絶えない。観光客というよりもインド人の家族づれやカップルが多い。ガーンディーが今も人々の心の中で生き続けていることを痛感する。


課外授業なのか、遠足なのか、ラージ・ガートを出たところで大勢の学生が歩いていた。その子供達は人懐っこくて、キラキラと輝いた笑顔が印象的でした。

この国は、訪れる度に、新たな魅力を感じ、益々インドにハマルのでありました。
デリーの朝は寒かったが,ベナレスは乾燥していて暑かった。小さなローカルな飛行場、大きな樹木や行き交う人々や車、何度訪れてもいつも圧倒される国。独特の匂い、インドへ来た!!と実感がわく。
仏教の四大聖地の一つ、サルナート。
ブッダが初めて説法をした場所として知られている。広々としていて巨大なストゥーパや寺院あとが印象的だった。手入れの行き届いた芝生、緑がきれいだったで流れる時間がどこかゆったりと感じた。

日が沈んでから、インドの聖なる河、ガンジス河を訪れた。いったいどこからこの人々がやってくるのだろうかと思うくらいの人であふれていた。河のすぐそばで、小さなお皿に花などがのっているお供え?のようなものを売っていた。人々が祈りをささげ、河へ流すらしい。

川岸では、電飾がまぶしく、祈りのショータイムといった感じに賑わっていた。。

翌日の早朝、穏やかなガンガー

河の水は、なんともいえないが・・・・きたないのです。が、川岸では、沐浴をする人、洗濯をする人など、まさに一日のはじまり・・・といったエネルギーを感じる。

上質なベナレスシルクの織り工房へ
女性達が織っているのかと思ったら、全員男性でした。小さなコマを糸の色によって動かし、その手はまさに神技です。ポラロイドで彼らの写真をとってあげたらととも喜んでくれました。

エロティックな彫刻で有名なカジュラホ
壁面を埋め尽くす膨大な彫刻の数、遠くから眺めると巨大オブジェのような寺院

近くで見上げてみると、生々しくエネルギーに満ちた彫刻は圧巻でした。

きれいで珍しいシルクスカーフを発見!!絞り染でグラデーションに染めてあり、シワ加工がされている。店員さんにたたみ方を教わりました。ぐりぐりと捻じっていくそうです。
上質なシルクでないと出来ないとのこと。ふわりとした柔らかい肌触りの良いスカーフです。
列車にてデリーからアグラへ
TAJ-EXPタージエクスプレスに乗り、タージ・マハルへ向かう。大きな荷物(日本から持ってきているスーツケース)は、赤帽さん(ポーター)が軽々と頭の上へのせ座席まで運んでくれます。

列車が出発してからしばらくして、車掌さんが検札にきました。制服を着ているわけではなく、日本とはだいぶ感じが違いました。

何度訪れても新たな感動を得る、世界遺産のタージ・マハル

教科書にも載っていて、インド=タージ・マハルといった印象を持っている方も多いのでは?!澄み切った青空に真っ白な大理石が非常に美しい。皇帝が愛する妃の為に22年の歳月をかけて、1653年に完成したという。大理石の壁面には、カーネリアンやラピス等の半貴石を用いた花模様の象嵌細工で埋め尽くされ、どこを見ても大変美しい。緻密な幾何学的構成は、ムガル建築美術の最高傑作といわれている。インド全土からはもちろんのこと世界中から多くの人々が訪れている。

タージ・マハルを建造したシャー・ジャハーン帝が息子によって幽閉された塔より(アグラ城内)、タージを眺める。うっすらと靄がかかったタージの後姿だ。彼は、ここからタージ・マハルをどんな思いで7年間眺めたのだろうか。74歳でこの世を去り、妃の隣に葬られた。

ムガル帝国の大帝、アクバルによって築かれた城。アグラ城の入り口、その大きさに圧倒される。

けなげに生きている猿の親子
アグラからデリーへ戻る途中、インド全州から集まっているというクラフト市に出くわしました。限られた時間の中でしたが、夢中でいろいろ見ました。
大きなカンタ刺繍のショールをまとって・・・
家族連れでわいわいと賑わっていていました。一日ではとても全部みることができない広さでした。
ラージ・ガート
インド独立の父、ガーンディーが荼毘に付かれた場所。
いつ訪れても人々が絶えない。観光客というよりもインド人の家族づれやカップルが多い。ガーンディーが今も人々の心の中で生き続けていることを痛感する。


課外授業なのか、遠足なのか、ラージ・ガートを出たところで大勢の学生が歩いていた。その子供達は人懐っこくて、キラキラと輝いた笑顔が印象的でした。

この国は、訪れる度に、新たな魅力を感じ、益々インドにハマルのでありました。
バンコク経由でネパールの首都カトマンズに着いたのはお昼少し前だった。砂埃が舞う道を車で移動、数年前と変わらない町の様子に懐かしさを感じ、またこれから出会う人やモノへの期待でワクワクしていた。
ボダナート ネパール最大の仏塔が建つ、チベット仏教の巡礼地。ブッダの目が描かれた仏塔が全てをみているようだ。全身を使って祈りを捧げている信者の方々が印象的だった。

ちょうどみかんの時期らしく、町の路上でみかんが売られていた。みかんのフレッシュジュースがおいしかったー。

毎年ネパール手漉き紙でオリジナルのカレンダーを作ってもらう。手作りの多目的カードも魅力的、新入荷にどうぞご期待ください!!
Handmade paper:ネパールの手漉き紙は、標高2000〜3500mに生育しているロクタ(ジンチョウゲの一種)という植物の樹皮を原料としています。昔ながらの手法で一枚一枚全て手作業で行われます。とても丈夫でネパール政府の公文書にもこの紙が使われているそうです。
賑やかな通り、路地の入り口にかわいい靴を見つけた。どうやらお店はこの路地の奥らしい。。。すごいところにあるなーと思いながらせっかくなので革のミュールを購入。小さな女の子が靴墨を人形に塗りながら遊んでいた。

以前は、よく売られていた手編みのルームシューズ。なかなか見つからなかったが今回は絶対手に入れたいものでした。素足で履くとヒンヤリとしてちょっとしたでこぼこ感が気持ちいい。なんといっても形と一緒に編みこまれた毛糸がかわいい。

ダルバール広場で見られる美しい木彫
ネパール人や観光客でいつもにぎわっている。
すでに夕方5時をすぎたころ。当たりがすっかり暗くなってきた。カトマンズの町では、水不足の為、週3日夕方5時から8時までが停電になるという。今回は何度も薄暗い中で買い物をすることになった。町の人々は、この停電が日常のことなのであわてた様子もなくろうそくの灯りを店頭にだしたり、青白い光の懐中電灯をだしたりしていた。また歩道では、焚き火があちこちで見られた。夜はちょうど冷えているし、灯りはないし・・・・でちょうどいいのかもしれない。燃やしているのはゴミ??らしい。

よく喋る路店主、ここでは小さな真鍮ゾウ置物や古い木彫置物を購入。すっかりあたりは暗くなった。
カトマンズからポカラへ

ちょうどこの時期は、カトマンズで霧が発生する為、飛行機がなかなか定刻どおり飛ばない。国内線なので1時間前にチェックインして待っているわけだが・・・長時間は硬く冷たい待合の椅子が辛く感じる。しかし安全に飛んでもらわないといけないのでじっと我慢。わけわからないネパール語と英語のアナウンスの声に全神経を耳に集中させる。ポカラという言葉が聞こえたらとりあえず係りの人にチケットをみせる。この便はすぐ次に来るから、と追い返されて待つこと3時間。またポカラと聞こえたので聞いてみると、2人か?と聞かれうなずくとOK.GOと、急げーとばかりに飛行機へうながされる。本当に大丈夫なのかなと不安になりながら他の人のチケットをみてみると便名は違うがポカラへいくらしい。もしかして荷物とは別々になってしまうのか?と不安をいだきながら機内へ。小さな飛行機。25分でヒマラヤ山脈アンナプルナの荘厳な姿にあえるのだ。

機内からのヒマラヤ山脈の眺めは大変すばらしかった。
到着後、無事荷物を受け取ることができた。

カトマンズより低い標高800mほどのポカラは、暖かくのんびりとしたところだ。8000m級のヒマラヤ山脈が目の前にそびえているのだからその眺めはすごい。。
やや靄がかかっていてうっすらとしているが、ホテルの部屋から眺めたアンナプルナ連峰。

町の西に広がるフェワ湖、レイクサイドと呼ばれるフェワ湖のほとりには、たくさんの観光客が世界中から訪れる。

フェワ湖でボートに乗り、40分ほど楽しんだ。ポカポカした日差しが心地よかった。
ネパールではフェルト商品がよく見られる。カラフルが色目につい引き込まれてしまう。フェルトのネックレスやコサージュ、ミニバッグなどなど。かわいいものがたくさんあった。
ヒマラヤ絶景ポイント サランコットの丘へ
標高1592mの丘サランコットへの道は、途中まで車で上った。おもわず対向車が来ないことを願ってしまう細い道をクネクネとあがっていった。しばらくしてこれ以上は車で上がれないという場所に着くと荷物を背負い丘を登っていく。

これからこのずっとてっぺんまでいくのです。。。
空気は冷たかったが、日差しがあり、だんだん暑くなってきた。途中いくつかのお土産やさんがあり楽しませてくれる。みんな笑顔で話かけてくる。そこで、ネパールの伝統的な手織り布をみせてもらった。お母さんが10日以上かけて織っているという。もちろんここで生活しているようだった。


小さな男の子に日本から持ってきたボールペンをあげるととても喜んでくれた。
笑顔がとても素敵だった。
目的地、今夜の宿のロッジまであとどのくらいか・・・と思いながらふと下を見下ろると、フェワ湖や町が小さく見えた。ずいぶん上がってきたなと実感。

ロッジについて荷物をおろし、身軽になってさらに上に向かった。水くみをしている人がいて、毎日何度がくるらしい。

だんだん日が暮れていき、寒くなってきた。スラリとしたきれいな女の子、こんな丘の上でくらしているのにいまどきなおしゃれな格好なので聞くと、制服なんですって。彼女のお家はカフェをしてるいうので暖かいミルクティーを注文。自宅前で記念撮影。

太陽が沈む・・・地平線に飲み込まれているかのような速さで太陽は沈んでいった。
翌早朝、まだ薄暗いうちに起きて、昨日登ったさらに上までいった。
キーンとした空気が気持ち良くおいしい。
マチャプチャレ 6993m
早暁が美しく感動した。多くの人、世界中からこの荘厳な姿をみる為に訪れる。神々の宿るといわれる山々を眺めながら、平和でいい一年になりますように・・・と願いを込めた。
アンナプルナサウス 7219m
静かにゆっくりと太陽が顔をだしはじめた。
あたたかい太陽の光が広がる。黄金に染まるヒマラヤの姿が忘れられない。
カトマンズへの帰りの飛行機の時間がせまってきた。予定より長く早朝のヒマラヤを眺めてしまったので、早足で丘を降らなければならなくなった。
朝8時くらいだったと思うが、水を汲みにくる女性や小さな鉛筆をもってノートに書き込みをしている少女、声をだして本を読んでいる姉妹、忙しい朝の日常を感じた。
彼女達にもボールペンは喜ばれた。

以前同じ時期に訪れたときは、寒かった!という印象があったので今回は防寒具をばっちり用意していったが、比較的あたたかった。というより、暑かった。太陽がでている昼間は、まるで電気ストーブ(ハロゲンヒーターのイメージ)が後にあるような感じだった。(当然日が沈むと暖房を消したように寒くなりました)
ポカラでもポカポカ暖かく過ごしやすかったが、同時にとても心配になった。以前と比べるとアンナプルナの山肌の雪の量が明らかに少なくなっているのを感じたからだ。温暖化の深刻さを実感した。また、カトマンズでの資源不足による停電もショックを受けた。なにげない点けっぱなしのテレビや電気・・・・そういった生活を改めて見直さなければいけないなと思った。
ボダナート ネパール最大の仏塔が建つ、チベット仏教の巡礼地。ブッダの目が描かれた仏塔が全てをみているようだ。全身を使って祈りを捧げている信者の方々が印象的だった。

ちょうどみかんの時期らしく、町の路上でみかんが売られていた。みかんのフレッシュジュースがおいしかったー。

毎年ネパール手漉き紙でオリジナルのカレンダーを作ってもらう。手作りの多目的カードも魅力的、新入荷にどうぞご期待ください!!
Handmade paper:ネパールの手漉き紙は、標高2000〜3500mに生育しているロクタ(ジンチョウゲの一種)という植物の樹皮を原料としています。昔ながらの手法で一枚一枚全て手作業で行われます。とても丈夫でネパール政府の公文書にもこの紙が使われているそうです。
賑やかな通り、路地の入り口にかわいい靴を見つけた。どうやらお店はこの路地の奥らしい。。。すごいところにあるなーと思いながらせっかくなので革のミュールを購入。小さな女の子が靴墨を人形に塗りながら遊んでいた。

以前は、よく売られていた手編みのルームシューズ。なかなか見つからなかったが今回は絶対手に入れたいものでした。素足で履くとヒンヤリとしてちょっとしたでこぼこ感が気持ちいい。なんといっても形と一緒に編みこまれた毛糸がかわいい。

ダルバール広場で見られる美しい木彫
ネパール人や観光客でいつもにぎわっている。
すでに夕方5時をすぎたころ。当たりがすっかり暗くなってきた。カトマンズの町では、水不足の為、週3日夕方5時から8時までが停電になるという。今回は何度も薄暗い中で買い物をすることになった。町の人々は、この停電が日常のことなのであわてた様子もなくろうそくの灯りを店頭にだしたり、青白い光の懐中電灯をだしたりしていた。また歩道では、焚き火があちこちで見られた。夜はちょうど冷えているし、灯りはないし・・・・でちょうどいいのかもしれない。燃やしているのはゴミ??らしい。

よく喋る路店主、ここでは小さな真鍮ゾウ置物や古い木彫置物を購入。すっかりあたりは暗くなった。
カトマンズからポカラへ

ちょうどこの時期は、カトマンズで霧が発生する為、飛行機がなかなか定刻どおり飛ばない。国内線なので1時間前にチェックインして待っているわけだが・・・長時間は硬く冷たい待合の椅子が辛く感じる。しかし安全に飛んでもらわないといけないのでじっと我慢。わけわからないネパール語と英語のアナウンスの声に全神経を耳に集中させる。ポカラという言葉が聞こえたらとりあえず係りの人にチケットをみせる。この便はすぐ次に来るから、と追い返されて待つこと3時間。またポカラと聞こえたので聞いてみると、2人か?と聞かれうなずくとOK.GOと、急げーとばかりに飛行機へうながされる。本当に大丈夫なのかなと不安になりながら他の人のチケットをみてみると便名は違うがポカラへいくらしい。もしかして荷物とは別々になってしまうのか?と不安をいだきながら機内へ。小さな飛行機。25分でヒマラヤ山脈アンナプルナの荘厳な姿にあえるのだ。

機内からのヒマラヤ山脈の眺めは大変すばらしかった。
到着後、無事荷物を受け取ることができた。

カトマンズより低い標高800mほどのポカラは、暖かくのんびりとしたところだ。8000m級のヒマラヤ山脈が目の前にそびえているのだからその眺めはすごい。。
やや靄がかかっていてうっすらとしているが、ホテルの部屋から眺めたアンナプルナ連峰。

町の西に広がるフェワ湖、レイクサイドと呼ばれるフェワ湖のほとりには、たくさんの観光客が世界中から訪れる。

フェワ湖でボートに乗り、40分ほど楽しんだ。ポカポカした日差しが心地よかった。
ネパールではフェルト商品がよく見られる。カラフルが色目につい引き込まれてしまう。フェルトのネックレスやコサージュ、ミニバッグなどなど。かわいいものがたくさんあった。ヒマラヤ絶景ポイント サランコットの丘へ
標高1592mの丘サランコットへの道は、途中まで車で上った。おもわず対向車が来ないことを願ってしまう細い道をクネクネとあがっていった。しばらくしてこれ以上は車で上がれないという場所に着くと荷物を背負い丘を登っていく。

これからこのずっとてっぺんまでいくのです。。。
空気は冷たかったが、日差しがあり、だんだん暑くなってきた。途中いくつかのお土産やさんがあり楽しませてくれる。みんな笑顔で話かけてくる。そこで、ネパールの伝統的な手織り布をみせてもらった。お母さんが10日以上かけて織っているという。もちろんここで生活しているようだった。


小さな男の子に日本から持ってきたボールペンをあげるととても喜んでくれた。
笑顔がとても素敵だった。
目的地、今夜の宿のロッジまであとどのくらいか・・・と思いながらふと下を見下ろると、フェワ湖や町が小さく見えた。ずいぶん上がってきたなと実感。

ロッジについて荷物をおろし、身軽になってさらに上に向かった。水くみをしている人がいて、毎日何度がくるらしい。

だんだん日が暮れていき、寒くなってきた。スラリとしたきれいな女の子、こんな丘の上でくらしているのにいまどきなおしゃれな格好なので聞くと、制服なんですって。彼女のお家はカフェをしてるいうので暖かいミルクティーを注文。自宅前で記念撮影。

太陽が沈む・・・地平線に飲み込まれているかのような速さで太陽は沈んでいった。
翌早朝、まだ薄暗いうちに起きて、昨日登ったさらに上までいった。
キーンとした空気が気持ち良くおいしい。
マチャプチャレ 6993m 早暁が美しく感動した。多くの人、世界中からこの荘厳な姿をみる為に訪れる。神々の宿るといわれる山々を眺めながら、平和でいい一年になりますように・・・と願いを込めた。
アンナプルナサウス 7219m
静かにゆっくりと太陽が顔をだしはじめた。
あたたかい太陽の光が広がる。黄金に染まるヒマラヤの姿が忘れられない。カトマンズへの帰りの飛行機の時間がせまってきた。予定より長く早朝のヒマラヤを眺めてしまったので、早足で丘を降らなければならなくなった。

朝8時くらいだったと思うが、水を汲みにくる女性や小さな鉛筆をもってノートに書き込みをしている少女、声をだして本を読んでいる姉妹、忙しい朝の日常を感じた。
彼女達にもボールペンは喜ばれた。

以前同じ時期に訪れたときは、寒かった!という印象があったので今回は防寒具をばっちり用意していったが、比較的あたたかった。というより、暑かった。太陽がでている昼間は、まるで電気ストーブ(ハロゲンヒーターのイメージ)が後にあるような感じだった。(当然日が沈むと暖房を消したように寒くなりました)ポカラでもポカポカ暖かく過ごしやすかったが、同時にとても心配になった。以前と比べるとアンナプルナの山肌の雪の量が明らかに少なくなっているのを感じたからだ。温暖化の深刻さを実感した。また、カトマンズでの資源不足による停電もショックを受けた。なにげない点けっぱなしのテレビや電気・・・・そういった生活を改めて見直さなければいけないなと思った。
プノンペンからシュミリアップ アンコールワットのあるカンボジア第二の都市へ

一度は訪ねてみたいと思っていた世界遺産の一つ、アンコール・ワットが目の前に・・・・。
テレビや写真でみてもすごい!のだが、実際はやはりそれ以上に荘厳でまさに別世界へきたという感じだった。

美しいレリーフ
緻密な造りで細かい彫刻が美しい

穏やかな微笑みが印象的なアンコール・トムの中央にある観世音菩薩の塔。それはそれは、巨大でみごとな迫力のある寺院だった。
伝統工芸の一つ影絵の工房へ立ち寄った。工房といっても本当に粗末な建物だった。

事情により親元を離れて暮らしている子供たち、5、60人が共同生活をしながら影絵をつくっているという。トントン・・トントン・・・とみので乾燥させた牛革をたたいて穴を開け美しい人形を作っていた。

自分たちが作った影絵を見て、見て、とたくさん集まってきた。

透き通るような瞳がきらきらと眩しかった。
古くて上質なカンボジアシルクに出合えれば・・・というのが今回の旅の目的の一つだったが、限られた短い滞在ではとうてい無理なこと。本当にいいものは外国へ流出してしまったり、長い内戦の故に喪失してしまったのだろうと半ばあきらめていた。そんななかで奇跡的におよそ100年前のアンティークのカンボジアシルクに出合った。
30年余りの内戦により、多くの職人たちが失われ、染織文化も壊滅状態に陥った。しかし現在では、地域の再建とともに伝統の染織文化が復興しようとしている。


旅の途中、バンソコウを額につけているかわいい女の子を見つけた。額を指差しながらどうしたの?と聞くと、頭が痛いからバンソコウをはっているという。そう言いながらにっこりして、手作りの竹笛の入った筒をくれた。
もう二度と子供達から笑顔を奪うことがないようにと・・・祈りつつ、カンボジアに別れを告げた。

一度は訪ねてみたいと思っていた世界遺産の一つ、アンコール・ワットが目の前に・・・・。
テレビや写真でみてもすごい!のだが、実際はやはりそれ以上に荘厳でまさに別世界へきたという感じだった。

美しいレリーフ
緻密な造りで細かい彫刻が美しい

穏やかな微笑みが印象的なアンコール・トムの中央にある観世音菩薩の塔。それはそれは、巨大でみごとな迫力のある寺院だった。
伝統工芸の一つ影絵の工房へ立ち寄った。工房といっても本当に粗末な建物だった。

事情により親元を離れて暮らしている子供たち、5、60人が共同生活をしながら影絵をつくっているという。トントン・・トントン・・・とみので乾燥させた牛革をたたいて穴を開け美しい人形を作っていた。

自分たちが作った影絵を見て、見て、とたくさん集まってきた。

透き通るような瞳がきらきらと眩しかった。
古くて上質なカンボジアシルクに出合えれば・・・というのが今回の旅の目的の一つだったが、限られた短い滞在ではとうてい無理なこと。本当にいいものは外国へ流出してしまったり、長い内戦の故に喪失してしまったのだろうと半ばあきらめていた。そんななかで奇跡的におよそ100年前のアンティークのカンボジアシルクに出合った。
30年余りの内戦により、多くの職人たちが失われ、染織文化も壊滅状態に陥った。しかし現在では、地域の再建とともに伝統の染織文化が復興しようとしている。


旅の途中、バンソコウを額につけているかわいい女の子を見つけた。額を指差しながらどうしたの?と聞くと、頭が痛いからバンソコウをはっているという。そう言いながらにっこりして、手作りの竹笛の入った筒をくれた。
もう二度と子供達から笑顔を奪うことがないようにと・・・祈りつつ、カンボジアに別れを告げた。

(ミラー刺繍を施す女性)
中心地ブジより車を走らせ約1時間、小さな集落がみえてきました。白い壁にふさふさした乾燥させた植物の屋根のかわいらしい家の壁にはミラーが埋め込まれていたり、外壁がデコレーションされていたりしました。彼らはなんとも鮮やかで緻密な刺繍がされた衣装を身につけていました。水汲みは女性の仕事、少し離れた井戸まで真鍮の瓶を頭にのせてゆっくりとあるいています。あちこちの軒下で女性達が針を動かしています。
私たちは、この村でいままで見たことがあるミラー刺繍の中で一番美しい手仕事に出合い、非常に感動しました。ミラー刺繍は、部族によりさまざまな技法があります。刺す模様によって家族の健康や幸せを願う気持ちや、自然や神々への崇拝を表現しているといいます。

型捺をする男性。模様は緻密に計算されています
西インド、グジャラート州で出会ったアズラック染めの工房は男の世界といった感じでした。プールのような水槽のなかで染めた布を全身を使ってじゃぶじゃぶと洗う、というかふりまわすとでもいうか、すごい勢いで洗濯をしているよう・・・水しぶきが激しく飛んできます。
型捺の工房では、両手のひらサイズの木版を手際よく布に押しています。一枚の布がベットカバーサイズなのでひととおり染めるのに大変時間がかかります。
藍色のきれいな色になるまでに繰り返し何度も染め→洗い→乾燥→染めを繰り返します。乾燥の際にはそのまま地面に広げ、インドの太陽をたっぷりとあびています。
一枚の布を仕上げるのに時間と手間を惜しまないからこそ、本当にいいものができるのです。

